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突然ですが、ひどいことをしてきた相手に「仕返ししたい」と思ったこと、ありますか?
私は、実はないんです。
昔から、ちょっと冷めているところがあって。嫌なことをされても、相手のために気持ちを燃やす気になれないんですよね。
「優しいんですね」としょっちゅう言われるのですが、そうではないと思っています。許しているわけではないし、やり返せないわけでもありません。ただ、その人の為に自分の時間や感情を使うのがもったいないのです。
最近、この感覚にぴったりの名前があると知りました。「貴族メンタリティ」という考え方です。
もし今、仕返ししたい気持ちでいっぱいの方も、責めずに読んでもらえたらうれしいです。今日はそのお話をさせてください。
復讐したい、仕返ししたいと思うのは自然なこと
傷つけられたら、やり返したくなる。それは、それだけ大切なものを踏みにじられたということだと思います。
復讐したい気持ちを、無理に消さなくて大丈夫。
ただ、その気持ちとどう付き合うかには、選べる道があります。
復讐できる状況でも、貴族メンタリティの人はこう考える
貴族メンタリティを持つ人は、たとえ復讐ができる状況でも、こんなふうに考えます。
「あの人のために、私の大切な時間も感情も体力も、1ミリも使いたくない」
これは「許している」のとは違います。「やり返す力がない」わけでもありません。
ただ、相手に、自分の人生の中でそこまでの重要度を与えたくないのです。
考えてみると、復讐を遂げたところで、奪われた時間は戻ってきません。しかも復讐を計画して実行するあいだ、私の毎日はずっとその人を中心に回ることになります。そのほうが、よっぽど耐えられないですよね。
人生の主導権を取り戻したいのに、そのために相手を主役に据えた人生を送る。これでは本末転倒です。
「仕返ししない=負け」に見えてしまう理由
一方で、世の中にはこんな見方もあります。
- 「やり返す力がないんでしょ」
- 「泣き寝入りしてるだけ」
- 「負けを認めたってことだよね」
こう見えてしまうのは、自分の尊厳を、相手の処遇に預けているからかもしれません。
「相手が報いを受けなければ、私の尊厳は回復しない」と思っていると、相手が何も罰を受けていない状態は、自分が踏みにじられたままの状態に見えてしまうんですね。。
私の価値は、あの人の幸せ・不幸せでは動かない
貴族メンタリティの人は、ここがまったく違います。
自分の尊厳は、相手がどうなるかで決まるものではない。
相手が幸せになろうが、不幸になろうが、私の幸せにも価値にも何の影響もない。
これが、頭で理解しているだけでなく、腑に落ちているんです。
だから、わざわざ戦わなくていい。スッと、自分の人生に戻れる。私はこれを、一番強い自己受容の形だと思ってます。
仕返ししたい気持ちが消えないときの小さな練習
いきなり貴族メンタルになれなくても大丈夫です。まずは、こんなふうに問いかけてみてくださいね。
「あの人のことを考える時間、私の人生の何分を使ってもいいと思ってる?」
答えが「1分でも惜しい」なら、その時間を、自分の好きなものや大切な人に回してあげましょう。それだけで、主導権は少しずつ手元に戻ってきますよ。
おわりに
復讐しないことは、負けでも我慢でもありません。自分の人生の真ん中に、自分を置き続けるという選択です。
私はずっと、自分の「冷めているところ」をかなり気にしてました。でもこの考え方を知って、冷たいのではなく、相手に人生の席を譲らないだけだったんだと思えるようになりました。
もし今、誰かのことで頭がいっぱいになっている方がいたら、この記事が「私の人生、私が主役でいいんだ」と思い出すきっかけになれば嬉しいです。

